2010年8月30日月曜日

ある物語り。

さっき、いつも行くDVDレンタル屋の前に小学1年生くらいの女の子が1人で小さな声で歌を唄っていた。




俺は電話で話をしながら、その子を気にして見ていた。





夜こんな所で女の子が1人歌を唄っている姿に、思わず物語が頭をよぎった、、、





母子家庭で、お母さんからの愛情は満足なものではなく、ほったらかし。





ご飯もカップ麺や菓子パンのみで済ませている。





小学校の給食費も払っておらず、先生から何度も呼び出しされているも行った試しがない。





言い訳は決まってこうだ、、、





「え?母子家庭で育ててるの私、仕事で忙しいの。」





それで、その女の子は給食費が払えないと言う事と、毎日同じ服なので虐められている、、、





それでも、その女の子には味方になってくれる人は誰一人居ない。





本来なら、一番身近な母親の愛情を感じた事が無いので、甘えるという事をした事がないのだ、、、





それでも、近所の人でいつも優しく声をかけてくれるおばさんが1人だけ居た。





そのおばさんの子供達はみんな巣立ち、立派な大人になって今では二人の孫もいる人だ。





旦那さんは、3年程前に脳梗塞で先に逝ってしまった。





淋しさと言うのでもない、孤独なのとも違う、、、





どこか、心の中にぽっかりと穴が開いたような空虚感に似た何かだった。





そんな時、その女の子がいつも電柱の明かりの下で、歌を唄っていた。





いつもいつも一人で居るその女の子は、昔の我が子たちを思い出させるには十分だった。





おばさんは、ある日声をかけた。





「おかあさんいつも遅いの?よかったら、おばさんちでお母さんの帰り一緒に待つ?」





女の子はこう答える、、、





「ううん、お母さんが帰って来たら荷物持ってあげられないからここで待つの。」





女の子はけなげにも、母親の荷物を持ってあげたいという優しさがあった。





女の子はお母さんから愛情を注いでもらった事は無いのに、、、





「優しいね、、、。じゃあ、そこでいっしょにお歌唄ってもいい?」





「うん、ここでならいいよ。」





二人は、毎日その場所で歌を唄って、女の子のお母さんの帰りを待った。





毎日1時間ほど経って、お母さんは帰宅した。





でも、そのお母さんは、そのおばさんに何も言わず挨拶すらしなかった。





おばさんは、毎日





「こんばんは、毎日遅くまで大変ですね。」





と、声をかけ続けたが、一度も返事が返ってきた事はなかった。





そんなある日、いつものように女の子といっしょに歌を唄ってお母さんの帰りを待っていたが、待っても待ってもお母さんは帰ってこない、、、





2時間経ち、3時間経っても帰ってこなかった。





夜中の1時になっても、2時になっても帰ってこない、、、





朝方5時頃になって、家の前で停まった1台の車から、酔ったお母さんが降りて来た。





女の子は、泣きながら駆け寄った、、、





「お母さん!」





それでも、お母さんは一言こう言っただけだった、、、





「あんた、まだここに居たの?バカじゃないの?」





いっしょに朝まで居たおばさんは、思わず口を開いた、、、





「よくもそんな事を!この子がどんな思いであなたを待ってたのかあなたは知ってるの!?」





おばさんを一瞬見たものの、それでも何も言わずお母さんはうちの中に入っていった。





おばさんは、憤りを感じたと共に、女の子が可哀想で可哀想で心が痛んだ、、、





次の日の夜、女の子は電柱の下に来なかった。






『どうしたのかしら、、、』





おばさんは、心配になった。






『私が昨日、感情的になった事がいけなかったのだ。』





と、反省した。






もう女の子といっしょに歌を唄う事はできないのだろうか、、、





いつの間にか、おばさんの方が女の子から元気をもらっていた事に気付いた。





と、その時だ、、、





おばさんの家のチャイムが鳴った。





ピンポーン、ピンポーン、、、





『女の子かな?』





おばさんは玄関に急いだ。





玄関のドアを勢い良く開けると、そこには、、、






女の子と、その隣に女の子のお母さんが立っていた。





「、、、すいませんでした。いつもいつもこの子の事、、、ありがとうございます。」






深々と頭を下げるお母さんの姿に、おばさんは胸を打たれてこう言った。






「いいのよ。私の方こそ昨日はごめんなさい。言い過ぎたって反省してたの。」





おばさんは、家の中に二人を招き入れると、お母さんの話を聞いて胸が苦しくなった、、、





女の子のお母さんも、物心ついた時から母子家庭で育てられ、愛情を注いでもらった経験が無かった。




だから、我が子に愛情を注ぐ事ができなかったのだった。





父親も、誰かも分からずたった独りで出産したという話も聞いた。





そして、、、





その日から、とても仲良くなって3人は親子のような関係になった。




















DVDレンタル屋の前で歌を唄う女の子の元に、レンタル屋から仲良くしゃべりながら出て来るおばさんと、女の子のお母さんが来て3人で手をつないで笑いながら歩いて行った、、、





と、なればな。





と、思っていたら、、、





その子のお母さんと一緒に、お兄ちゃんや弟とさらには妹までもがレンタル屋から出て来たのだった、、、




大家族だった。




良かった♡



俺にしかできないある事

先日描いてもらった絵の作者のブログはこちらです。








さて、ダイエットの話です。





俺は、過去に10キロ以上のダイエットを3回しているが、どれも成功している。





初めてのダイエットは、25歳の時に体重が74キロに成ったとき、仲の良かった先輩に久しぶりに会った時に本気で





「誰?」





って言われた事がキッカケで、生まれて初めてのダイエットに挑戦した。





やばい、痩せなきゃ!と生まれて初めてショックを受けた事が理由だった。





2ヶ月後には、62キロの元の体重になっていた。




簡単だった。





その後、2年間はリバウンドもなくすごした。





でも、歳とともにまたしても今度は、気付かぬうちに77キロになっていた。





これは、まずいと、田中と一緒に2人で25キロ痩せた。






期間は、2ヶ月半だった。






で、次は一昨年くらい前に、また10キロ痩せて、62キロに戻した。






で、現在は太っては居ないが、体重の落ち方を今までの自分の持論と統計を元に確かめている。研究している感じに近い。





ここで、一番言いたいことがある。






俺の過去のダイエットは、一度も食事制限をした事がない。





なぜかって、簡単な事だ。





食事制限して痩せたって、食事をすれば確実にリバウンドしてしまう事は、誰でも分かる事。





でも、みんなダイエットする時には、ほとんどの人が食事制限をしながらダイエットしていく。





俺のやり方は、痩せてもリバウンドしない痩せ方をしないと意味が無い、、、という理念からするダイエット方法だ。





食事制限をしないと言っても、厳密には食べるものを変える事はある。が、しかし、たらふく食べてもいい、というやり方だ。





例えば、独自のサラダとスープを考案したのだが、それをお腹いっぱいに成るまで食べるのだ。





だから、空腹感に襲われる事も無ければ、ひもじい思いをした事など一度もない。





今は、ある事を実験中なのだが、食事はいつも以上に食べながら、どうやって体重を落とすか、、、





これも、簡単だった。





答えは一つ。






これは、まだ内緒だ。






今度、ここで書くつもりだ。






今日も、2時間の運動で2キロ痩せた。






でも、昨日一日で2キロ太った。ケーキも4つ食べたし、その前には食事を特盛り食べた。





それでも簡単に痩せられる。






どうやら、持論は正しいようである。





ダイエットの情報商材が書けると思う。






でも、自分に甘い人には無理なダイエット方法なので、本気の人にしか使えない。





太った奴をクビにするニューヨークのビジネス街に実際に行った事があるが、見事に一人も太っている人に出くわさなかった。





自己管理できない人は、信用できないという考え方だが、まんざら嘘ではない気がしてならない。







あ、







でも、おっぱいだけは痩せないでね♡





おっぱいから痩せていく人も多いけど、それを阻止する方法を知っています。





それは、、、





おっぱいを揉んだり噛んだりするだけで、それが本当に防げます。コレほんと。






あ、でもその揉み方を、まずは俺が教えなきゃいけないので、連絡は、こちらにコメント下さいね♡





時に優しく、時に激しく、、、このやり方が俺にしか出来ないんだよね、、、


バカ。

以前、なるトモという読売テレビの番組から店に電話があってテレビ出演の依頼を受けた。





過去にテレビ取材は4回程経験があるが、一番嬉しい番組だ。





電話に出た俺に向かって、なるトモのディレクターさんが言った。




「4人の人から、キャンディーさんを取材して欲しいと、電話と問い合わせがあって、是非取材をさせて欲しいのですが、なるトモって番組知っていますか?」




俺は、なるトモ大ファンだったので、




「何言ってるんですか、毎日観てから店に来てますよ。好きな曜日は火曜日と、金曜日ですよ。」





と、すぐさまそう答えた。





「ほんまですか!?オーナーの足立さんですか?、、、足立さんを是非取材して欲しいっていう依頼ばっかなんですわ。カッコいいってみんな言いはるんですよ、カッコいいんですね〜」





思わず、





「はい、素敵ってよく言われますよ。」






と、言いそうだったが、それをぐっと堪えてこう言った、、、






「ホントですか?どのお客さんだろうな、、、お金渡したかいがあったかな?」






「、、、それでですね、取材に伺いたいんですけど出てもらえます?」






スルーされたようだ。





大阪人なら、拾ってよ。





気を取り直して俺は、条件を出した、、、





「誰が来てくれるかによります。1番の希望は、隔週レギュラーのブラマヨ。ダメ?、、、あっそう。じゃあ、シャンプーハットか、たむけん、サバンナもいいけど。」





「サバンナの二人でいこう思ってますねんけど?パートさんの体験的なコーナーで、、、」





「サバンナ!?マジで!!」





と、いう話だったが、、、





その後、メイン司会の陣内が番組降板。





で、番組そのものが無くなってしまった、、、





陣内へ、、、





























バカ。






2010年8月29日日曜日

絵を描いてもらった。

クリエーター中のクリエーターの友達が店の壁に絵を描いてくれた。


店のプロモーションビデオを作ってくれた小島さん。


みんなが見ているディズニーのコマーシャルは、彼が手がけているのだ。


Tシャツは、俺の最初の店ROBINのTシャツ。昔、俺が作った傑作だ。モデルは今は東京で大大活躍をしているミシェルだ。


小島さんは、コマーシャルを作るのが本業だが、中京テレビのチュウキョウ君をも手がけている。


そして、コアなファンが多い、ペテ&カカシカも手がけている。





他にも、みんなが見ているコマーシャルもたくさん作っている映像のプロ中のプロだ。




2010年8月28日土曜日

本当の優しさについて、、、

本当の優しさについて、昨日の補足を書こうと思う。




魚そのものを与え続ける事ではなく、魚の釣り方を教えてあげなければ、本当の優しさとは言えない、、、の補足。




どうも、ピンと来ない人が居るみたいなので、もっと分かりやすい本質の事例を思いついた。




本当の優しさについて。




もし、あなたが男性だとして、彼女と車でのデート中に、赤信号を無視して横断歩道に歩いている小学生に対してどうするか、、、




助手席には彼女が乗っているので、ブレーキを踏んで停まってあげる事が優しい事?




彼女は、「優しいのね」と言うかもしれない。




もう一方、横断歩道を歩くその小学生に対して、クラクションを鳴らし、




「こら!危ないだろ!赤信号だろ!」




と、言った場合、、、




彼女は、「かわいそう。まだ子供なのにそこまで言わなくても、、、」と言うかもしれない。




ブレーキを踏んで、何も言わずにいた場合。この小学生は、また明日も赤信号を無視するだろう。




と、言う事は、、、




いつか、信号無視をして歩くその小学生に気づかない運転手が、轢いてしまう可能性がある。




と、言う事は。




本当の優しさとは、今その時の事ではなく、明日の小学生の命を守る為の事こそが本当の意味での優しさではないだろうか。




極端な例だが、家庭で子供の顔色をうかがう今の親達は、殿様気取りの自分の子供が、赤信号でも平気で我が物顔で横断歩道を渡る可能性がある、という事を肝に銘じておくべきだ。




そして、いつか我が子が車に轢かれて、死んでしまった場合、あなたはその運転手にこう言うだろう、、、




「人殺し!!うちの子供を返して!!」




と、、、。




あなたの責任だ。




あなたが招いた、人的ミスなのだ。




それでも、まだまだ甘い生温い環境の中で子供を育てますか?

2010年8月27日金曜日

子供に気を使う親と、子供の結末

ダウンタウンのまっちゃんが描いた、チキンライスをたまたま聞いた。




途中から、聞くが聴くに変わった、、、




昨日のブログとここまでは同じ運びだ、、、




歌詞の中に、俺が日頃から心配している歌詞を見つけた、、、




♪子供の頃たまに家族で外食、いつも頼んでいたのはチキンライス♫




♪豪華なものを頼めば二度と連れて来てはもらえないような気がして♬




♫親に気を使っていたあんな気持ち、今の子供に理解できるかな?♫




、、、この歌詞の中の、




『親に気を使っていたあんな気持ち、今の子供に理解できるかな、、、』




この部分。




本当に、この気持ち今の子供に理解できるのだろうか?




今の子供の大半は、家の中で親が子の顔色を伺い、殿様やお姫様のような扱いを受けている。




この事の重大な怖さをまったく分かっていない親達が多過ぎる、、、




多過ぎるどころか、まったく分かっていないと言ってもいいくらいだ。




何でも子供達の思い通りになる、甘いぬるま湯の中で育てるという事がどんな将来になるのか、、、




子供達がやがて大きくなり、何かしらの挫折をした時に、その困難という名の壁を巨大に感じてしまうのだ。




そりゃそうだ。




それまで、親が何でもやってくれたのだから、自分で超えようとする概念が育っていないから当たり前のクラッカーである。




自分の思い通りにならない事を、しっかり教えておかなければ子供は将来、確実に苦しい人生が待っている。




思い通りの甘い生活をする、という事は幸せの前借りをしているのと同じ事だ。




本当に子供を愛するのなら、出来るだけ早い段階で、自分で困難を乗り越える癖を付けさせなければいけない。




愛を、勘違いしているのだ。




本当の意味での優しさとは、厳しさの中にあるのだ。




優しくする事が愛だと勘違いしているのだ。




今、その時だけの事しか考えていないのだ。




もっと言うなら、その時の自分が子供に嫌われたくない、ただそれだけだと言ってもいい。




時間軸で考えなければならないのに、今しか見えていないのだ。




恐ろしい事に、出来ていない親達が、自分たちは出来ていると思っている、、、。




そういう親たちは、子供に必ず恨まれる日が来るだろう。




無人島で、腹を空かせている人に、魚を与えているのとまったく同じ事をしているのだ。




これに気付かなければ、悲惨な結果にしかならないだろう。




魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えてあげなければいけないのだ。




エサを与えてばかり居ては、エサを一生与え続けなければそれは無責任だというものなのだ。




それに気付いて欲しいものだ。




エサではなく、釣り方を教えてあげなくては子供は、いつその釣り方を覚えるのでしょうか?




大きくなるにつれて、今さら何で覚えなければならないんだ!?と、怒りだしますよ必ず。




だったら、もっと早く教えろよ!




と、なるのがオチです。




なぜなら、あなたが何でも与えてしまって、思い通りになると思い込んでいるからです。




そうやって、あなた自身が育ててしまったのですよ。




必ず、弱々しい大人達が増える一方です。




断言します。




草食男子が溢れ、責任逃ればかりする大人達がこれからの日本を背負って行けるでしょうか?




無理です。




俺は、自分でやる!!


















おっぱいパブに連れてって、とは言いません、、、




たぶん、、、、




きっと、、、、




そうなればいいな、、、




やっぱ、一回だけ誰か連れてって、、、




おっぱいから寄って来てくれるのが一番良いんだけどな、、、




へへへ、、、

2010年8月26日木曜日

交通事故

さだまさしの、償いという曲をたまたま聞いた。




たまたまだったので、ホームページを作りながら手を止める事無く聞いていた。




でも、曲を聞くにつれて俺は聴きいった、、、




聞くが、聴くに変わった。




なぜ変わったのか、、、




あれは、今から8年前の事だった。




俺は、自分の店ROBINをやり始めて2年目のある日の穏やかな日の事だった。




店に居ると、2つ年上の夏樹君から電話がかかって来た、、、




「もしも〜し!」




俺は、いつものようにテンション高めで電話に出た。




「佐久間が死んだ。」




第一声がその言葉だった。




俺は、すぐに反応した。




「何で?」




「単車で事故ってらしい、、、」




「ハァ〜、、、バカか、、、バカかあいつ、、、」




佐久間は、俺の2人しか居ない親友の1人だった。




「あいつ、この前電話があってさぁ」




俺が、夏樹君にゆっくり話し始めた。




「久しぶりで何の用かな、って思ったらさぁ、“別に用は無いんだけどさぁ”って言ってた。」




虫の知らせ、ってやつだったのか?




さだまさしの、償いって曲は驚きの内容で、この事を思い出したのだった、、、。




佐久間は、中学生ですでに暴走族で、中学は違うけどすぐに仲良くなって話もフィーリングも合った。




何でも言えて、何でも言ってくれた。




俺は中三で中学を退学したけど、あいつは中三の時、鑑別所に入った。




何をやったかは、あえて書かないがあいつもかなりの悪だった。




だけど、心が温かい奴だった。




俺と同じで、人よりも早く社会に出て働いていた。




その時貯めたお金で、オートバイのレースに出て鈴鹿サーキットの4時間耐久レースの決勝まで出たほど、オートバイが大好きな奴だった。




暴走族で鍛えた走りが通用したのだろう。




レースをやめて、一緒にバス釣りをした。




サーフィンも、スノーボードも一緒に行った。




スノーボードは俺が教えてやった。




俺の知る限り、誰よりも飲み込みのスピードが早く、スノーボードのセンスがあった。




カーヴィングターンを、しっかり理解してすぐ出来るようになった。




そんなすぐ出来た奴、今までに誰一人居なかった。




、、、あっという間だった。




俺は、その日数人とお通夜に行った。




懐かしい顔がたくさんあった。




見渡すと、名の知れた悪い奴らの顔ぶれが目立った。




でも、どの顔を見ても全員、本当に悲しそうで落ち込んでいた。




『あいつ、本当に愛されてたんだな、、、』




佐久間には奥さんと、まだ2歳の女の子が居た。




奥さんは、あまりのショックで寝込んで居たが、その横で何の事かさっぱり分からない様子の子供がはしゃいでいた。




それを見て、思わず涙が溢れた。




あいつのお姉さんは、気丈に振る舞っていたがもしかしたら本当に、素の状態だったかもしれない。



「あ、足立君ありがとうね。もうバカでしょう!?仕方ないわ。ハッハッハ〜!!」




と、いった具合で集まった人の暗さを一人で明るくしようとしていた。




佐久間の奥さんが寝込んで、佐久間との思いでの写真を見て泣き崩れていたので、お姉さんにお願いをした。




「ねぇ、、、俺、あいつに手紙を書いて来たんだけど、棺に入れていい?」




すると、お姉さんは




「絶対喜ぶよ〜!入れてやって。、、、ホントありがとね。」




俺は、棺の中の佐久間の顔を見にゆっくり歩いて奥に行った。




佐久間の顔は、まるで寝ているみたいだった。




単車で峠を攻めていた時に、センターラインをはみ出して単車同士の正面衝突だったと聞いた。




最初、頭が痛い痛いと言って意識があったと言う、、、




そして、昏睡状態に陥り返らぬ人になってしまった。




一緒に走りにいっていた友達も知っているが、その友達が憎かった。




「一緒に居て、何でだ!?お前気をつけれなかったのか!」




と責め立てたい衝動にかられた。俺の親友だぞ!、と。




棺に向かって、手を合わせて心の中で佐久間に言った、、、




『バ〜カ。手紙書いて来たから読めな。じゃーな。』




俺は、その場を後にした、、、







“佐久間へ。

バカだなお前。あの世って、どんなとこだ?この手紙、読めるのか?、、、笑

お前、早過ぎるわ!いっつも言っただろ!単車には気をつけて乗れよって!

バカだな、、、俺の店の家具の配達を将来やってやるって言ってたのに、それどーするんだよ?。

あの電話、お前こうなるって分かってたのか?、、、そんな訳ないよな。

でも、電話くれたから話せてよかった。

でなきゃ、もっと怒ってるぞ!、、、もう死んじゃったんだから仕方ないな。

ま、いーや。見守っててくれよ。いずれ行くからな。

それからお前、単車禁止な笑。あの世で、単車乗るとうるっせーからな、、、

最後までみんなに迷惑かけて、仕方ない奴だぞお前は。

それじゃーまたな。

あ、そうそう、、、忘れるとこだった、、、

今まで、ありがとな。”

2010年8月25日水曜日

大阪


火曜日、朝から友達の車屋で車のタイヤを交換した。





そして、田中と俺の嫌いなうなぎを食べに田代に行った。


どこで食べても同じ味、、、田中は美味しいと絶賛してた。


そしてその後、大阪のメンターの所に。


夜12時過ぎに、メンターと道頓堀へご飯を食べに。




でか過ぎる器のうどんをご馳走してもらった。


昔と、だいぶ変わった引っかけ橋。


グリコも電灯が消えている。


今は、ツタヤがあるんだね。




そのツタヤの中で、飲み物を飲んだ。




そして、4時に帰宅。



朝8時に起きて、いつものようにジムに行き、走って1•3キロ痩せた。


継続は、毎日続く。

2010年8月23日月曜日

手に入れて自由になるものに、、、

人は、手に入れてしまったものを粗末に扱うという癖がある。





例えばそれは、人気の歌であったりDVDだったりもする。




好きな歌手の歌を次々にiPodに入れていく。




でも、聴くのは最初だけでそのうち




『いつでも聴けるから、まいっか。』





映画のDVDも一緒。いつでも観れるから、といつまでも観ない。





要するに人は





『手に入れて自分の自由になるもの』を粗末にしてしまうものではないだろうか。





で、気をつけなければいけないのが、結婚した相手に対して、、、





である。





今までは、結婚するまではせっせせっせとセックスをしていたのに、結婚をした時点でセックスをしなくなる、、、





絶対に心当たりのある人は大勢いるはず。





家族愛になるから、とか言い訳する人も多い。





関心が薄れているだけだ。





手に入り、いつでも自分の自由にできる、という状況になった時点で粗末にしてしまっているだけ。




そして、そのうち他人に関心を移し、ドキドキやワクワクを近くに居る旦那さんや奥さんにではなく、その他人に向けてしまう。





結果、離婚して、再び同じ道を歩み、新しく結婚した相手にもまったく同じ事をする、、、




結婚は、決断力の欠如、
離婚は、忍耐力の欠如、
再婚は、、、





記憶力の欠如、と上手いこと言う人が居る。





そうならないためにも、いつも近くに居る相手に対して関心を持ち続ける。




相手に興味を持ち続ける事こそ、その道を避ける王道ではないだろうか?




それをするには、いつも近くに居る人に対して感謝の気持ちを持つ事だ。





感謝するには、その相手が自分に対してしてくれている事や、してくれた事をよく思い出してみる事だ。





















俺は、感謝している、、、




おっぱいに♡





俺が赤ちゃんの時、いっぱいおっぱいをくれたんだもん。





おっぱいパブに行きたい理由はコレ、、、




感謝が裏にあったのです。

2010年8月22日日曜日

モノ作り


ココ最近は、モノ作りに追われていた。


佐川の運転手に、はんこケース。


Ranaのカエルキーホルダー


土曜日はうちで食事会のために俺の手料理。


新しいメニューが最近完成し、その試食会。


山芋をたっぷり過ぎる程擦り、トマトやナス、豚のバラ肉を敷きとろけるチーズを。


卵なんかものせてみたり


もうひとつは、足立流焼きそば。


ソースを一切使わず作る。ベースは醤油&ニンニク&中華スープの元。


歯医者のドクターのチーちゃんからも好評価を頂いた。


その後は、チーちゃんの担当のスイーツを食べる。


毎回、スイーツのチョイスが絶妙に上手いうえ、豪快な買いっぷりに器の大きさを感じる。


名古屋の星ヶ丘にあるマ・メゾンのケーキ。これは巨峰のケーキ。


こっちは、チョコケーキ。



美味しかった♡



今日は、エロも笑いもありません。


2010年8月21日土曜日

もう一個のブログ

俺は、ブログを3つ書いている。

今日は、そのうちのひとつを紹介します。



まじめなブログですのでここでのエロはありませんので、ご了承下さいね。


今までで気付いた事や、学んだ事、なるほどと思った事などが書いています。


2010年8月19日木曜日

継続は報われたのか、、、

継続は力なり、、、




俺の得意な事、それは継続。




続けてみて、その結果を自分で試すのが好きなのだ。




なぜ、継続がなぜできるようになったのか?





それは、誰よりも3日坊主だったから。





うちの母に、いつも言われていたセリフが





「あんたは、何をやってもすぐ飽きる3日坊主。」





それでも、言い訳ばかりして、やると決めた事を続けようとしなかった。





続けた事が無かったので、“続ける事のメリット”がまったく分からなかったのだ。





だが、その後、小学校で毎朝学校に行くと、冬の間だけグランドを走る、という行事が開始されたのだった、、、





グランドを1周すると表にシールが貼られて棒グラフになっていく。





俺は、負けず嫌いな性格で、しかも女子たちにも一番モテていた時期。ここはいっちょやってやるか、と、、、





毎日20周から25周走り続け、クラスで1位になった。





そして、最終的にマラソン大会で締めるのだが、全校生徒で2位になった。





そこからだろうか、継続のメリットを最初に知ったのは。





その後も、縄跳びで同じような行事があり、結局縄跳び大会では全校生徒の中で最後まで跳び続け優勝。





そのすぐ後に行われた二重跳び部門でも、軽々200回跳んでぶっちぎりで優勝した。






この流れで、継続をした結果、短距離走100メートルでも陸上部に混ざり、代表選手にも選抜された。






で、ここからが継続の本題なのだ、、、。





ここまでは、いわば“前フリ”





実は、最近、ずっと継続している事があった。






くる日もくる日も、それは毎日必ず続けた、、、





『俺のこの努力、いつか報われるのかな、、、』





毎日そう感じていた、、、





継続は、一種の努力でもあるため、人の目にあまり触れられる事もない。





陰ながら頑張るだけだ。





『もうすぐ1ヶ月くらいになるけど、まったく成果が出ないな、、、俺、間違ってるのかな、、、』





俺は不安になった。





『今まで、継続をしてきてこんな事ってあったっけ、、、継続は人を裏切らない、って思ってたけど、今回のこの継続はいつもと違う気がする。大丈夫かな、俺、、、』






1人、、、いや、独り。こう書くのが正しい、、、孤独感。哀れな俺、、、






『神様って、見てくれてるのかな、、、』





永遠に続けても、結果が出ない気がしてきた、、、





『ちくしょー!!、、、今頃、世間のみんなは美味しいものでも食べて、色んなエッチとかしてるんだろどうせ!、、、いいな♡』





泥沼の中、俺は世を恨んだ。





光の無い中、真っ暗闇の中、俺はそれでもやめずに継続をし続けた、、、





『これで、、、これで、、、死んでも自分で自分を褒めてやれるかな、、、』






俺は、この継続の事を人には話した事が無かった、、、






もし、人に言えば、こうなるに決まっている、、、





「素敵、、、素敵。それ以上素敵になって、どうするの?素敵の上、、、ってどういう言葉が当てはまるの?、、、これから私は、あなたの事を人に伝える時、今までのように、“素敵な足立さん”、、、って、くくりでは納まりが効かなくなってしまうのね、、、どういう表現で人に伝えて行けばいいの?、、、すっごい素敵な人ってセリフも言い尽くしたし、、、超素敵過ぎる、って付ければ、それで納まりがつくのかしら、、、いいえ。足らないわ、、、それともチョベリグ?、、、違うわね、死語ねこれは、、、」






と、女性たちを困らせてしまう事に繋がる、、、。






『女性に、そんな苦労はさせたくねぇー!!させられねーんだよ!!、、、独りで、胸に押し殺していくしかねーんだよ!!俺一人が苦労していれば、それで済むんだ!!』






俺は、男の中の男を改めて貫く事にした、、、。






だが昨日、、、、、





その継続の努力が報われたのだ、、、





神は居る!、、、確かに居る!!、、、





俺が、継続していた事、それは、、、





























『サマーウォーズ』って映画のDVDをレンタル屋に借りに通い続けてたの♡





だって、毎日毎日全部貸し出し中だったんだもん。





そして、昨日ようやくあった。




すぐに観たら、超良い映画だったよ♡エヘヘ




観てみればいいじゃんか。↓通い続けた意味が分かるから。



2010年8月18日水曜日

夢と現実

先日、空を飛ぶ夢を見た。





自由自在に空高く舞い上がり、行きたい方にスーッと飛んで行く夢。





とても長い夢で、ストーリーも流れるように珍しく矛盾も無い。





登場人物も豊富で、意味も納得の夢だった。




ここ1年ほど連絡を取っていない友人を後ろから抱えて、その友人の行きたい所の上空に連れて行ったりした。





上空30メートルくらいを飛び、目的地に近づくとスーッと上空5メートルくらいまで下降した。




何しろ気持ち良く開放的な夢だった。





が、本題はこれじゃない。




上空から下の景色を見ている夢、、、。




ここで疑問が無いだろうか?





普段は見る事の無い上空からの景色、、、





不思議ではないだろうか?





そんな角度で、、、例えば山の木々を見た事があるだろうか?





色々な建物や人々を、そんな見た事の無い上空から、しかも自由に飛び回り、角度が次々に変わるのに、完璧な景色と完璧な画図らが頭の中に映し出されている。





見る角度がどんどん変わるのに、映像は矛盾無く広がる。





何と言う不思議な感覚なんだろうか。





もしかしたら、その場に本当に行って、その場面を見ているのではないか?





と思える程だ。





夢の世界が実は現実なのかもしれない。





それが現実ならば、今目の前で起こっている事が夢かもしれない。





映画マトリックスの世界のような。





夢が現実で、現実が夢かもしれない、、、





だとしたら、、、





















おっぱい触っていい?





夢かもしれないからいいでしょ?だって、俺の幻想って事だもんね。




このクリックボタンも、夢だと思うので一度押して試してみたいんです。↓




2010年8月17日火曜日

イタズラ電話の恐怖の結末

イタズラ電話の挙げ句、電話口の相手がなぜか俺の名前を知っていた、、、。






「お〜ま〜え〜は〜、、、あ〜だ〜ち〜ひ〜ろ〜し〜だ〜な〜、、、」






そして、今からうちに来ると言うではないか!!





俺は、怖くなり電話を切ってみんなに逃げるぞ!






と、言って玄関から靴も履かずに飛び出た瞬間に、うちの電話が鳴った、、、






バカなケンちゃんが、電話の受話器をとってしまった!!!





俺は、みんなで逃げようと言っているのに、電話に出たケンちゃんにガッカリして、再び中に戻った。





すると、、、





さっき、俺の名前を知っていた人物からだった。





そして、、、その正体が分かったのだった!!




それは、、、



































当時の親友の辛島だったのだ、、、。







この話の、カラクリも判明した。






相手が辛島と知った俺は、電話を奪い取り言った。






「辛島〜!何でお前が電話に出たの!?」





すると、面白い奇跡的な偶然だった。





何度も何度もいたずら電話をかけ続けていたので、たまたま友達の庄治の順番の時、いたずら電話をかける瞬間に、実は辛島が俺のうちに電話をした、と言う。





すると、呼び出し音が鳴らずに、うちの電話が繋がった。





そして、庄治はと言うと、イタズラ電話の相手が受話器を取ったと勘違いして、しゃべりだした。





すると、辛島は、毎日いたずら電話をして盛り上がっている、という話を夏休みの出校日にみんなで辛島に話をしていたので、知っていた、、、





お、これは噂のイタズラ電話だ!と、たまたまそういうタイミングだったので、俺たちを驚かせようと思い、機転を利かせて逆イタズラ電話を仕掛けた、と言う嘘のような本当の話であった。





辛島はこのイタズラ電話に参加したいと思って、電話をしてきたらしい、、、





しかも、辛島は、、、





警察官の息子だ。





この後、イタズラ電話はキッパリとやめた。




あの恐怖感は、、、

















おっぱいを触ろうとした時に、「今日はダメ」と言われ続けた時に、どこか似ている、、、





わかるわかる〜と、言う人だけお願いします↓/div>


2010年8月16日月曜日

電話の相手は誰だ、、、

いたずら電話をしていた俺たちに、恐ろしい事が起こった、、、





このいたずら電話は、この日だけに留まらず、次の日もその次の日も続いた。





新しい俺たちの遊びと化していて、刺激のある斬新な遊びになっていった。





集まって来る人数も増えて、8人になっていた。






毎日毎日、次々にいたずら電話をかけ続けた。





自分の番が回って来るのをワクワクしながら待っている、という状態で一人いたずら電話1回というルールまで出来上がっていた。





その日も、何十回とかけていて、全員が慣れ過ぎていた。





みんな何も怖くもなくなり、その場に居た8人全員が、ドキドキ感も罪悪感もまったく無い状態だった。





そんな時だった、、、





友達の一人、庄治がいたずら電話をかけていた。





俺は、自分の番が回って来るのを別の部屋で他の友達と喋って待っていた、、、





すると、庄治たちいたずら電話班たちが、ざわめきだちはじめた。





そして、庄治が血相を変えて俺の方に急いでやってきた、、、





「あ、あだちゃん、、、(俺の当時のあだ名)で、電話に出て。」





俺は、何事かと思い電話口に急いだ、、、





受話器を取り耳に当てて、恐る恐る俺は口を開いた。





「も、もしもし?」





すると、信じられない事が起きたのだ。





受話器の向こう側から、押し殺した様な太い男の声が聞こえて来た。





「おぉ〜ま〜え〜は〜、、、あ〜だ〜ち〜ひ〜ろ〜し〜だ〜な〜、、、」





俺は、何が起きているのか理解出来なかった。





『なんでいたずら電話の相手が、俺の名前を知っているんだ!?』





この状況が、目の前で起きている事の意味が分からず呆然とした。





さらに、





「おぉ〜い〜、、、おぉ〜ま〜え〜た〜ち〜、、、い〜ま〜か〜ら〜、そ〜こ〜に〜、、、い〜く〜か〜ら〜な〜、、、」





俺は、ただならぬ状況を察知して、慌てて電話を切ってみんなに言った。





「おい!逃げるぞ!ここに来るって!」





そして、俺は一目散に玄関に行き、あまりの恐怖に靴を持ったまま外に出た!





すると、奥で電話が鳴り響いた、、、





『やばい、、、やばいぞ。お母さんにバレて、また叱られる、、、』





俺は、母に起こられる事が一番怖かった。





すると、その時だ。





バカな、と言うか勇敢な一人の友達のケンちゃんが、鳴り響く電話を取ってしまったのだった、、、





すると、さらに信じられない事が起こったのだった、、、





恐怖の結末は、また明日、、、。





衝撃の完結編に、あなたの身も凍る。
この夏一番の、怪談話にあなたは耐えられるか、、、


もちろんすべて実話です。


クリックプリース↓


俺俺詐欺グループたちよりも早く。

小学2年生の頃。




名古屋市守山区の天子田小学校に通っていた頃の話である、、、




夏休みに入ると、近所の友達たちがうちに集まっては野球やら、昆虫採集やらで毎日をすごしていた。




ある日、こんな生活にも飽きて来た。




俺は、ある提案をみんなにした、、、




それは、『いたずら電話』だった。




まだ、誰もいたずら電話をした事がなかったので、最初は適当に回した当てずっぽうの電話番号に電話をかけては無言で切っていた。




最初は、それだけでスリルがあってドキドキしてワイワイして楽しんでいた。




すると、友達のおさむがこう言った。




「何かしゃべろうよ!!」




そして、当てずっぽうにかけた電話に誰かが出ると、おさむが一言、




「ばーか!」





ガチャン!





すぐさま電話を切った。





これにもみんなは大騒ぎで、キャッキャ言って喜んだ。




しかし、これもまたすぐに飽きて来た。





その頃には、もう慣れてきていたのでハラハラドキドキももうしない。




罪悪感も感じなくなり、堂々としてきた。




そこで、俺はみんなを笑わそうと思い、誰だか知らない相手が出ると今までとは違った、新しいやり方を披露してみせた、、、




「もしもし?、、、俺、分かる?俺俺」




お分かりだろうか?俺俺詐欺よりも早く、この“俺、俺”を使い始めたのだ、、、。




そして、現在折れ俺詐欺が空前の大ヒットを飛ばしている現代。




なぜ、俺俺詐欺に引っかかるのか不思議に思っている人が多い中、俺は真実を知っているのだ、、、




その真実を知ったのは、小学2年の、この夏休みだった。




電話口に相手が出た時に、




「俺俺」と言うと、どうなるのか知ってしまったのだった。




ほぼ、100%の確率で、誰かの名前を言うのである。




息子なのか、孫なのかは分からないが、名前を言うのである、、、




「幸宏か?どうしたんだ?」




と、いう具合に、誰かの名前をとりあえず頭の中で、




『この声は誰だっけ?』




と、自分の知っている誰かと照らし合わせて、思い込んでその名前を言ってみるのだろう。




そして、こっちが




「うん、そうだよ。」




と答えると、何も疑う事もなく話を聞くのだった。




よく聞くと、声が違う事に気付いても、




「風邪引いたのか?」




と、訪ねてくるだけで追求などされないのだ。





そして、時効になった今だから言うが、この日に何人かの人たちと、




“待ち合わせ”




の約束をしたのだ。




もちろん行く気もなければ、行ってもいない、、、。




ただただイタズラ目的の暇つぶし、のみ。




申し訳なく思っている。




が、これには思いもよらない結末が待っていたのだった、、、




この調子で、何十回とひたすらイタズラ電話をかけていた。




すると、凄く恐ろしい事が起こったのだった、、、




続く、、、





次回に持ち越します。




恐ろしい結末が待っています。もちろん、俺の体験した実話です。



明日まで、クリックして待ってってね↓

2010年8月14日土曜日

モテる俺の秘密

俺はとてもモテる。




いや、とってもモテる。




それは仕方ない。




素敵過ぎる、男の宿命。




受け入れるしかないのだ。




昔は、抵抗もしたけどモテるものは仕方ない、どうやってもモテてしまうのだ。




でも、今は受け入れる事にした。







 つい先日も、こんな事があった、、、




田中は店でモノ作りに励み、俺は店の奥でホームページをせっせと作っていた。




すると、、、




一人の若い女の人が店に入ってきた。




最初は店の中を色々見てまわっていたようだ。




そして、しばらくすると、、、




だんだんと奥まで来て、俺にこう言った、、、




「こんにちは〜。以前、お世話になりました、、、覚えていますか?」




俺は、パソコンからその子に目を向けた。




目の大きなの今風の女の子。




見覚えは、あるような無いような、、、




俺は、




「ん〜?」





〜っと、しばらくその女の子の、つま先から徐々にゆっくりと、スネ、そして膝、、、さらに細いモモ、、、お尻、、、腰、、、へへへ、、、おっぱいを、じっくりと見てから言った。





「何を買ってくれた子だっけ?」





「海で撮影してもらったんですけど、、、覚えてませんか?」





う、海?、、、海、=水着=ビキニ、、、へへへ、、、





『フフフ、、、写真のレンズを俺の目と勘違いしたんだな、、、。




見つめられてる感が伝わって、熱くなったって訳ね、はいはいはい、いつものパターンね。




仕方ないか、これも宿命ってやつだな。




神様も罪深き存在だ。




もっと他に、モテない男に分けてやれないモノかね、、、。





1人勝ちじゃ、俺も責任感じちゃうよな、、、。ま、仕方ない我慢我慢。』




俺は、思い出した。




「あぁ、分かった。二回撮影したよね。海と、美容院で。」





「そうです!!なんて言ったっけ、、、あの美容院の名前、、、」




この子は、名古屋の雑誌スパイガールのモデルの子だった。





“君もなのかい?、、、
俺の魅力の虜なのかな?、、、
フフフ、君は甘いストロベリーのようだね、、、
君は知っているの?、、、
俺の虜になると、どこに流れて、どこに辿り着くのか。、、、
それを知ってて、それでも俺の虜になってしまうのかい?、、、
フフフ君がそこまで言うのなら仕方ないか。
もう、始まってしまったものを止めるには、とても力がいるものだ、、、。
だから、動いたものは、何かにぶつかって止まるまで待つしかないんだね、、、
それでもいいのかい?、、
もう大人だもんね、怪我をしても知らないよ。、、、
もう後ろを振り向いちゃダメだよ、もう一緒に前を向いて危険で、危なげな大人の世界へと、、、、足を”





「あの〜すいません、やっと来ました。なかなか来れなくって、、、見せて下さいね〜。」






、、、あっそう。






これね。これ見にきたのね、、、。






キャンディの商品。





俺じゃないのね、、、





俺を上回るモテっぷりに、嫉妬をおぼえる今日この頃である。






















2010年8月13日金曜日

おーさいふ。



今日は、友達から発注の財布作りに励む素敵な僕。




すべてお任せとの事なので、遊ばせてもらっちゃおうと思って作ってみた。





かなりカッコイイ財布に仕上がったので喜んでくれるはずだ。






喜んでもらえなかったら、、、





返してね。俺が使うからさ。





2010年8月12日木曜日

日航機墜落から25年

日航機墜落から、もう25年経った、、、





今、なんとなく点いてるテレビから、そのニュースをやっていた、、、





当時の、あの日に記憶をシフトさせてみた。





中学1年生の夏休みだった。





夕方の衝撃的なニュースで、テレビに釘付けになった事を思い出す。





思い出すというよりも、記憶の中に入り込んでいるので、それはその当時そのもの。





まるで意識の有るまま、夢を見ている感覚だろうか。




そして、次の日、、、




川上○子ちゃんという生存者の女の子がヘリコプターで吊り上げられていく、、、。




その救助されるシーンを見て、思わず涙が出た。




感動の涙と、良かった、という安堵の涙。




そして、これから先の人生は、どれだけつらい人生になるのか、という悲しみの涙、、、




そして、俺はすぐに思いついた。





当時、俺の家には悪友たちが10人程集まってきた、、、





すぐに俺は皆に言った。






「おい、川上○子ちゃんに寄付しよまい。(名古屋弁)」





すると、悪友の1人が言った。





「マジで?、で、いくらするんだ?」





「1人、一万ずつ。」





すると、全員がここぞとばかりに言った。





「は?一万円?無理!そんな金無い!あっても一万は無理!」





「お前らなぁ、こういう時に人の為になる事やろまい!俺たちみたいな奴がそういう事やるのがいいだろぉ。いつも悪いことばっかやってたって、こういう時に人の為になる事やっとこまい!」





と、中学1年の俺はみんなに訴えた。





が、心に届く事はなかった、、、。





あいつらは、その頃一万円あれば、間違いなくタバコを買って、シンナーを買って、ボンタンを買って、、、という奴らだ。




仕方ないか。





俺はこいつらと違う、、、





俺は一人だけ大人びていた。





だから、こいつらとは違った、、、





買う物の選択から違うのだ。





俺なら、一万円あれば苺大福を買っていただろう、、、。





何という、大人っぷりなんだ、、、俺。





どうも、あいつらは子供っぽい、、、





カッコつけて中学1年でタバコ吸って、シンナー吸って、、、




俺は、タバコもシンナーも吸わなかった。





吸う関係は、おっぱいだけ、と決めていたのだ。





大人っぽいぞ、、、俺。





あ、一万円あればおっぱいパブに行けるじゃんか!!





柔らかいおっぱいに包まれたいな〜、、、へへへ、、、





あ、日航機墜落事故の話から、おっぱいの谷間に俺が墜落する話になっちゃった、、、




へへへ、、、




iPhone4ケース




問い合わせの一番多い、iPhone4のケースを作った。




まずは、試作を作る。




デザイン画は、一切描かない。大体の絵は、頭の中に描けているので、まずはそれに近づけて行く工程だ。




3つ目の試作で、ミリ単位の修正を施しながら、さらに浮かんだアイデアやデザインを取り入れて行く。中は、鮮やかな青にした。




完成。後ろ姿。




ゴムで留めるタイプにしてみた。




開けると、こんな感じだ。





表側は、iPhone4なので4、、、分かりやすい。数字は、好きな数字でオッケーにしようかと思う。




話すときは、ゴムに手を入れて話せるので話しやすい。




これを、どうやって販売していこうか、、、とっても面白いアイデアが3つあるけど、迷っている。




まだまだ、違うタイプを作って行く、と同時に今現在新しいホームページをゼロから作っている。まだまだ忙しさは続く、、、。